2013年10月23日水曜日

ちょっことした水曜どうでしょう論

「水曜どうでしょう」という番組をご存知の方も多いと思います。
「水曜どうでしょう」がどのような番組であるかという説明は省きまして、
どうして、この番組が好きなのかということを
ちょっとだけ、お話したいと思います(誰に頼まれもせずに...)。



この番組を見ていて、湧き起こる感情があります。
それは「癒される」とか「ほっとする」というものです。
なぜなんでしょうか。おっさん4人がくだくだ文句を言いながら、
車をひたすら運転していたり、
ひたすらカブを運転している大泉、鈴井両氏を映していたり、
うなぎのエサになるカエルを捕まえていたりするそんな姿に
なぜか、癒されるんです。
それは日常の中にある仲の良い友人とのくだらない
会話や時間を思い出すからなのかもしれません。
お互いにお互いを知った者同士の会話で盛り上がるのは、
お互いにしか通じない様な内輪の話だったりします。
それがどうでしょうの中にはあるんです。
見ている側とTVの中の4人は昔からよく知っている同士のような感覚になります。
あの感覚が心地良いから、癒されたり、ほっとするのかもしれません。



そして、なによりおっさん4人(愛を込めてこう呼ばせてください)が生み出す絶妙な間が
たまらなくいいのです。4人は自然体で画面に登場します。
TVということはほとんど意識していないようです。
ですが、4人ともなんとかおもしろくしてやろうという姿があります。
それは視聴者に対するいい意味での自慢にも見えてきます。
「俺たちはこんなおもしろいことやっているんだぜ」というような。
でも、それがいいんです。
だって、視聴者と4人はよく知った仲なんですから。
なんなら友人なのですから。
場を共有しているのですから。
見ているこちら側も4人のおもしろくしてやろう戦法にまんまとはまっちゃいます。
もう、それは自らはまりにいくようなスタイルです。
それが4人が生み出す絶妙な間にはあります。
言葉選びやイントネーション、罵り合い、ぶつぶつとつぶやく愚痴、
全てが計算されているようで、されていない。
されていないようで、されている。まさに絶妙の域なのです。
と、だらだらと言ってはキリがないので、このくらいでやめておきます。



今年、そんな「水曜どうでしょう」の面々が久しぶりに旅に出ました。
すでに北海道では、新作が放送されています。
全国の放送局でも順次放送が決まっています。
我が地域での放送はいつになるのか、首を長くして待っています!

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