2015年6月28日日曜日

じっくり味わう絵巻①

古代出雲歴史博物館で「じっくり味わう絵巻」という特別展を開催しているので、行ってきました。
歴史博物館を訪れたのは2回目だったのですが、最初に訪れたことを
あまり覚えていなかったので、新鮮な気持ちで楽しむことができました。


企画展の展示室に入ってすぐに目に入るのが
「雲州公御上京御行列」です。
これは1847年の孝明天皇即位の儀式に将軍の名代として上京(京都御所へ)した
松江藩9代藩主松平斉貴(なりたけ)の行列を描いた絵巻で、大名行列を描いただけあって
絵巻の全長は46mもあります。

分かりにくい写真ですが、このような感じで46mに渡り行列が描かれています。
この人の荷物は重そうだな、この人はどんな役目なんだろうかという
人も描かれていて、なかなかじっくり楽しめました。
写真は藩主斉貴が乗った籠を囲むものなのですが、籠を囲む人の多さに
驚きますね。これだけ人がいれば安心ですね。


そもそもどうして題名が「じっくり味わう」なのかというと
パンフレットにはこう書かれてあります。
『美術館や博物館で展示されている絵巻を見ていて「イラッ」ときたことはありませんか?一部しか開いていない。場面の意味が分からない、「あーただのきれいな絵だな」で終わっては面白くないのも当たりまえ。今回の展示では、当館が所蔵する絵巻などをできるだけ、めいっぱい開いてご覧いただきます』
とありました。なかなか攻めの言い方でおもしろいですね。
その企画の趣旨を感じれたのが「大黒舞」という絵巻でした。

      
この大黒舞も長い絵巻で、話が最初から最後まで分かるように展示してあり、
内容がしっかり理解できまた。
貧しいながらも親孝行の大悦の介が清水寺での祈願の帰りに拾ったわらしべから物語が始まります。このわらしべが梨と交換され、梨が反物と交換され、最後には黄金10両を得ることになります。「わらしべ長者」の話ですね。
そして、ここからまた話が続き、翌年の正月、そんな大悦の介の親孝行ぶりに感心した
大黒、恵比寿が大悦の家を訪れ、酒宴を開き、舞や歌や相撲を楽しみ、福をさずけ、
長者にします。
しかし、富み栄える大悦の噂を耳にした大江山の盗賊達が攻めてきます。
大黒や恵比寿の力をかり、その盗賊達を討ち取るのですが、打ち取った盗賊達が
鬼になりなおも大悦を引きさらおうとします。
大黒のすすめで鬼達を供養することでこの危機から脱し、大悦の家はますます栄えていくという話なのですが、この鬼の絵が最初の写真のある大きな鬼の絵です。
とても迫力があり、なんともいえない不気味さを感じました。


この大黒舞の絵巻はそれぞれの場面の絵と、文字で物語が進んでいきます。
巻物なので長くなるのですが、私たちが見ている、読んでいる絵本に通じるもの
なんだなということを感じました。当時の人々はそんな絵巻ものを
私たちが絵本を読むように楽しんでいたのかもしれませんね。
絵巻だと長さにそんなに制限がないので、物語の世界をより盛大に表現することが
できるのかもしれません。高さには制限がありますが、描きたいものをおもいっきり
描けるということでもあったのかもしれません。
ついつ長くなってしまう。そんなこともあったのかもしれませんね。


また、同時にこんな長い絵巻をどこで描いたんだろうかということも気になりました。
やっぱり、ばっ!と広げて描きたいですよね。
そうなると、かなり広い場所も必要だったのかなと想像したりしました。


長くなったので、その2に続きます。




2015年6月21日日曜日

家紋

日本美術の事典を見ていたら、たくさんの「家紋」が
のったページが出てきました。とにかく様々なデザインがあり、
形もかわいらしく、見ていておもしろかったです。
「家紋」といってすぐに思い浮かぶのがやっぱりあの
徳川家の家紋ですよね。格さんが出す印籠にばっちり刻印された
あの葵の紋章はなんともかっこいいものがありますね。
私も水戸黄門や暴れん坊将軍という時代劇が好きだったので、
あの葵の紋章には妙な憧れがありました。


家紋は日本だけで241種あり、5116紋以上の家紋があるそうです。
そういえば祖父の家の玄関にも家紋があったように思います。
どんな模様だったかは忘れてしまいましたが、子どものころ「うちにも
家紋があるんだ〜」と嬉しくなったのを覚えています。


家紋の起源は古くもともとは平安時代まで遡るそうです。
奈良時代などでは調度品に装飾目的として様々な装飾がなされていたそうなのですが、
平安時代になるとそれらが貴族が各家固有の目印としてつかうようになったそうです。
そして合戦などが増えてくる鎌倉時代では武士の間でも家紋が広がり、
合戦などで敵味方を区別するために様々な道具に家紋が入れられ、
武士の間でどんどん家紋が広がっていきました。


江戸時代になると戦も少なくなり、合戦における敵味方の区別のための家紋の
役割も変化し、権威の象徴としての家紋に変わっていったそうです。
また、日本では、武士だけではなく、
一般市民も広く家紋を用いるようになっていきます。
百姓、町人、役者、芸人、遊女などといった当時、社会的に低い身分の
人達も家紋を用いていたそうです。
この点は貴族などしか紋章が許されていなかったヨーロッパとは対照的な
ことだったそうです。
だからこそ、うちの祖父の家にも家紋があったのですね。
また、幕末の頃にはこれら日本の家紋のデザイン性が
海外で評価されるようにもなります。
確かに、様々な家紋を見ているとその丸みをおびた形の美しさや
左右対称の美しさ、細かいものをデザイン的に表現する感じや、
花や動物などを抽象的に表現された家紋を見ているとうっとりしてしまいます。
これを見ているだけでもなんだか刺激されてきますし、
家紋のシールがあれば、好みのものなんかをいろいろな所に貼ってみたいななんて
思ってしまいます。


「家紋」と検索して、様々な家紋を見るだけでも
こんなに種類があるんだということ、そしてそのデザイン性の
高さにうっとりしてしまいますよ。
家紋、何かに使えるかもしれませんね。

2015年6月14日日曜日

やりはじめないと

ほぼ日手帳を使って2年目になります。1ページ1日なのですが、
そのページの下の部分に「日々のことば」というスペースが
あり、そこにほぼ日サイトに掲載されたインタビュー、対談、言葉の
中から印象的な言葉が掲載されています。
その「日々のことば」の中のひとつを最近、よく思い出しています。


『やりはじめないと、やる気は出ません。
脳の側坐核が活動するとやる気が出るのですが、
側坐核は、何かをやりはじめないと活動しないので』

なんだか、びびっときませんか?
これは池谷裕二さんという方の言葉です。
「脳には妙なクセがある」という様々な
脳に関する研究結果を分かりやすく解説してある
本なんかを書いておられます。


で、この言葉を見つけてから、このことを結構意識したりします。
「あ〜あれ、やっておかなきゃならなかったな〜」
ということってありますよね。
面倒だな〜と思いながらもしなきゃいけない。
でも、面倒だからなかなか動けない。
でも、しなきゃいけないから(しておきたいから)、ずっと
心の奥に残って、こちらに揺さぶりをかけてきます。
そんな時に、この言葉を思い出して、
「とりあえず動いてみるか」と腰をあげると、
だんだんスイッチが入って、始める前よりも割と
積極的に取り組んでいたりして、楽しくなっていたります。
きっと側坐核が動いているのでしょうね。


動かないとやる気が出ないを体験して知っているのに、
それでも「ん〜面倒だな〜」と思ってしまう自分がおもしろいですね。
でも、そんな体験を繰り返していくと、「動けば、楽しくなるさ」と
より思えてくるかもしれませんね。


昔ある人が「体から脳を支配する」ということを
言っておられました。当時はそのことがどういうことか
さっぱり分からなかったのですが、
この側坐核の話はそんなことと通じてくるのかもしれませんね。


「とりあえず動いてみる
そして(だから)楽しくなる」は覚えておきたいなと思います。






2015年6月7日日曜日

サル

自然の多い所に住んでいると、猪や猿といった生き物の
目撃情報をよく耳にします。実際に自分の目で見ることもあり、
いくら目撃情報があるからといっても、やはりそんな時には
「おお!」と驚いてしまいます。


そんな割と身近な存在でもある猿なのですが、
人と同じ昼行性で、日中に行動し、夜は寝るという活動サイクルのようです。
1日の活動は朝、夜が明け始める頃から活動を開始して、
食べ物を探して、食べたり、休息をしたりを繰り返します。
そして、日が暮れてくるとその日の泊まり場を決め、移動をやめて
眠りにつくそうです。このような生活を遊動生活と言うのだそうです。


ニホンザルは特定の巣を持たず、毎日泊まり場は変わるそうです。
確かに、そういえばサルの巣というのはあまり聞いたことがありませんね。
主に外敵に襲われにくい急斜面の森を泊まり場にするそうです。
季節に天候によっても変わり、木の上や根元、岩場などでも眠ります。
寝方は仲のいいもの、兄弟姉妹、親子など複数で体を寄せ合い寝るそうです。
また、単独の場合はしゃがんで手足を抱えた姿勢で眠ります。
なんだか単独の場合はちょっと寂しそうでもありますね。


サルは巣を持たないため、排泄を決まった所ではしないそうです。
ですので、所構わず排泄をします。そのため、排泄のしつけはできないそうです。


また、佐賀県が出している「サルやイノシシに出会った時の対応の手引き」には
このように書かれています。
「一般的に野生のサルはこちらが何もしなければ襲ってくることは
ほとんどありません。サルに出会った時には、おどかしたり、刺激しないで
落ち着いて、その場から立ち去ってください。サルと目線を合わせると威嚇された
と思い、人が視線をそらせた時に襲う場合があります。サルの目をみないでください」
とあります。
サルを見つけるとついつい見てしまいますが、もしかすると
それだけで威嚇していると思われるのかもしれませんね。


他にも視覚、聴覚、嗅覚は人間と同等とありました。
これにも驚きました。もっと嗅覚は凄れているのかと勝手に思っていました。
視覚も人間と同じくらいということはちょっと離れた所でサルを見つけた場合、
サルの方もこちらが見ているということにもなるのかもしれませんね。

サルの存在がそんなに遠いものではないので、
このような生態や対処法は少しは知っておいた方がいいのかもしれません。
相手のことを理解してこちらの行動を決めるということが
生き物との共存であるのかもしれませんね。