ここ1、2ヶ月ぐらい、は今までにないくらいの悩みの中にいます(ん〜でも、悩みのスタートを考えると、ここ1年以上はその中にいますね)。抜けれそう!と思うと、いやいや、まだまだトンネルは続いていたりして.....といった感じです。あまりにも長い迷いの中なので、ちょっと心配になったりもするんですが、今までの自分と向き合う時間なのかなと思ったりもしています。
やっぱり悩みや迷いの中にいるので、どうしたって楽しくはありません。時折、なんにもできないくらい動けなくなり、落ち込んでしまうこともあります。
でも、どこかで「それを楽しんじゃえよ」と言っている自分、思おうとしている自分がいて、なんとなく少しずつそう思えるようになってきてはいるんです。
いつ抜け出せるかは分かりません、でも間違いないのは自分自身の力で抜け出るしかないんだということです。だから、きっとまだまだかかる作業なんだと思います。
はい、「作業」だと思っています。
丁寧に丁寧に紡いでいく作業なんだと思います。
そんな作業をなるべく楽しいと思えるようにやっていくしかないんだな〜
2012年10月27日土曜日
2012年10月26日金曜日
くぅ~
CSシリーズを制し、リーグ優勝を果たしたジャイアンツですが、10月7日に行われたリーグ最終戦で、ちょっといい話があったんです。
その日の試合前まで、ジャイアンツを支える坂本選手が170安打、長野選手が173安打という状況で最多安打賞を争っていました。
坂本選手は7回までに3安打を放ち、それまで無安打だった長野選手と173安打で並びました。そして、長野選手の打席が回ってきました。ここで、長野選手がヒットを打てば174安打で坂本選手を抜き、トップに立ちます。
しかし、長野選手が打席に立つ前に長野選手の気持ちを察した原監督が「この打席、どうしたいかは君にまかせるよ」と声をかけたそうです。
その言葉で長野選手は「僕は引っ込みます」と言って、打席に立たないという選択をしました。そして、ベンチに帰り、塁上にいる坂本選手に「一緒に最多安打のタイトルがとれたな!」という意味を込めて、ガッツポーズをしたんだとか。その姿に坂本選手は涙を浮かべていたそうです。
しかも、長野選手はこの試合2打席立っていますが、追いつこうとしている坂本選手のために安打は打てないと、しかしチームには貢献すべきだということで、必死に四球を狙っていたというんです。
原監督はこれを「ジャイアンツ愛」と呼びました。そして、坂本、長野選手は2人で最多安打のタイトルをとることになりました。
僕はこの話を聞いた時に、なにより原監督のすごさを感じました。選手の気持ちを察し、長野選手にどうしたいかを確認した姿、そして、なによりこの2人の関係を生んでいるのは原監督が作り出したチームの雰囲気じゃないかなと思ったんです。
それが今のジャイアンツなんじゃないかと。ただ、戦うだけの集団じゃないような気さえします。
まあこちらの一方的な想像なのですが、なんだかそう思ったんです。
良い指揮官、良いリーダーがいるからこそ、そのチーム、集団は良い雰囲気になっていくんでしょうね。分かりませんが、そんなことを思ったのでした。
その日の試合前まで、ジャイアンツを支える坂本選手が170安打、長野選手が173安打という状況で最多安打賞を争っていました。
坂本選手は7回までに3安打を放ち、それまで無安打だった長野選手と173安打で並びました。そして、長野選手の打席が回ってきました。ここで、長野選手がヒットを打てば174安打で坂本選手を抜き、トップに立ちます。
しかし、長野選手が打席に立つ前に長野選手の気持ちを察した原監督が「この打席、どうしたいかは君にまかせるよ」と声をかけたそうです。
その言葉で長野選手は「僕は引っ込みます」と言って、打席に立たないという選択をしました。そして、ベンチに帰り、塁上にいる坂本選手に「一緒に最多安打のタイトルがとれたな!」という意味を込めて、ガッツポーズをしたんだとか。その姿に坂本選手は涙を浮かべていたそうです。
しかも、長野選手はこの試合2打席立っていますが、追いつこうとしている坂本選手のために安打は打てないと、しかしチームには貢献すべきだということで、必死に四球を狙っていたというんです。
原監督はこれを「ジャイアンツ愛」と呼びました。そして、坂本、長野選手は2人で最多安打のタイトルをとることになりました。
僕はこの話を聞いた時に、なにより原監督のすごさを感じました。選手の気持ちを察し、長野選手にどうしたいかを確認した姿、そして、なによりこの2人の関係を生んでいるのは原監督が作り出したチームの雰囲気じゃないかなと思ったんです。
それが今のジャイアンツなんじゃないかと。ただ、戦うだけの集団じゃないような気さえします。
まあこちらの一方的な想像なのですが、なんだかそう思ったんです。
良い指揮官、良いリーダーがいるからこそ、そのチーム、集団は良い雰囲気になっていくんでしょうね。分かりませんが、そんなことを思ったのでした。
2012年10月17日水曜日
エネルギー切れ
10月に入り、気温も下がり、走りやすい気候になってきました。ということで、先日、ゆっくりと長い距離を走ってみました。
まずは10月6日に20㎞のランニング。1㎞7分台というゆっくりとしたペースで走ることを目標に、久々の20㎞ランに挑戦。ゆっくり走ったので、筋肉への負担はほとんどありませんでした。
しかし、水分補強を一切せずに走ったので、途中で口の中がパサパサになり、脱水のような感じになってしまいました。
次の長距離走は10月13日に25㎞。こちらも1㎞7分台で走りました。前回の20㎞ランでの水分補強の反省を活かし、今回は250円をポケットにしのばせてのランニングでした。
12㎞ほど走った地点でポカリスエットを購入。残金は100余円。ポカリスエットを飲み終わり、1㎞ほど走った所で......「なんだか、今日は違う!!」という感覚が。身体が重たくて(あ、いつも重たいですが〜)、足が前に進んでいかないのです。
「なんだろう?このエネルギーが切れたような感覚は.....」と考えていて、思い当たりました。朝から何も口にせずに走っていたのです。そのためか、もう電池切れみたいな感覚に。
ポケットには100余円しかない......迷ったのですが、ここで食べ物を買っても喉を潤すものが買えない!!と思い、18㎞走った所でお茶を購入することに。
もうほとんどエネルギー切れの状態なので、すり足のようにして、なんとか25㎞を走ることができました。
え〜普通の人ならこんな状況にはならないですよねw
なんだか分かりませんが「まあ水分補給しなくても大丈夫でしょ!」とか「ご飯食べてないけど、大丈夫、大丈夫!」となんとも甘い考えで走っていたんですよね。
僕はこうやって経験していかないとダメなんでしょうね......でも、水分補強とランニング前のエネルギーの補給は大切なんだぞ!と身をもって体験いたしましたぞ!!自慢になりませんねw
まずは10月6日に20㎞のランニング。1㎞7分台というゆっくりとしたペースで走ることを目標に、久々の20㎞ランに挑戦。ゆっくり走ったので、筋肉への負担はほとんどありませんでした。
しかし、水分補強を一切せずに走ったので、途中で口の中がパサパサになり、脱水のような感じになってしまいました。
次の長距離走は10月13日に25㎞。こちらも1㎞7分台で走りました。前回の20㎞ランでの水分補強の反省を活かし、今回は250円をポケットにしのばせてのランニングでした。
12㎞ほど走った地点でポカリスエットを購入。残金は100余円。ポカリスエットを飲み終わり、1㎞ほど走った所で......「なんだか、今日は違う!!」という感覚が。身体が重たくて(あ、いつも重たいですが〜)、足が前に進んでいかないのです。
「なんだろう?このエネルギーが切れたような感覚は.....」と考えていて、思い当たりました。朝から何も口にせずに走っていたのです。そのためか、もう電池切れみたいな感覚に。
ポケットには100余円しかない......迷ったのですが、ここで食べ物を買っても喉を潤すものが買えない!!と思い、18㎞走った所でお茶を購入することに。
もうほとんどエネルギー切れの状態なので、すり足のようにして、なんとか25㎞を走ることができました。
え〜普通の人ならこんな状況にはならないですよねw
なんだか分かりませんが「まあ水分補給しなくても大丈夫でしょ!」とか「ご飯食べてないけど、大丈夫、大丈夫!」となんとも甘い考えで走っていたんですよね。
僕はこうやって経験していかないとダメなんでしょうね......でも、水分補強とランニング前のエネルギーの補給は大切なんだぞ!と身をもって体験いたしましたぞ!!自慢になりませんねw
2012年10月10日水曜日
〜のような。
「夢は大きく持った方がいい」や「人生一度きりなんだから挑戦しないと」とか「自分の人生、好きなように生きなきゃ」という言葉をよく聞きます。
僕もちょっと前まではこの言葉を「きっと、そうなんだろう!」と思って、けっこう前に出していたように思います。
でも、なんだか最近、この言葉が自分の中で変化してきたんです。ちょっと違う解釈をしていたんじゃないかなと思うようになりました。
それに「夢は大きく~」とか「人生一度きり~」という言葉にとらわれすぎていたんじゃないかとも思ったんです。
言葉を先に据えてしまうと「人生一度きりなんだから、何かしないといけない!なにかしてやろう!」というどうも、しっくりこない考え方になってしまったりするような。
それって、何だか未来とか先しか見ていない考え方なんじゃないかと。あとは周りの人とか。「周りもこんなことをやっているから俺も」、「将来はこうなりたいんだ」に疲れちゃうことってある気がします。
そうじゃなくて、とにかく「今、ここ」に向き合って、与えられたことを一生懸命やっているうちに何かやりたいことが出てきて、そのタイミングを逃さずに行動することが本当の意味の挑戦とかになってくるような、その方が気持ちいいような。
「今、ここ」に向き合って、誰と比較することなく、自分のペースを見つけていけたら、なんだか少しいろいろなことに対して、どっしり向き合えるんじゃないかと。それに、自分の夢に向ってもいいけど、誰かのことを思って、気遣って動いている人もかなりカッコいいですよね。 バランスなんですかね?
と、そんな感じの自分の中でこんな解釈に変わってきている気がします。
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