もちろん、全てが分からないということもないのですが、
大きな枠で彼の言動を思い出せば、
やっぱりそれは「分からない」ということになるんだろう思います。
私の実家から、彼の実家までは歩いて30秒程です。
彼はいつも自分の都合で私の家に顔を出します。
そして、何をする訳でもなく、私の家に滞在します。
ひどい時は5分ほど滞在した後に「じゃあ、帰るわ」と言って、引き上げていきます。
こちらも「ああ」と気のない返事で応えます。
訪問時間も実に気ままです。
夕飯時、就寝前、ひどい時には12時を過ぎてから来ることもありました。
彼の頭の中に中学生が朝一番に目にし、
その日一日をどのように過ごすかを判断する大切な指針である、
時間割というものがあるとするならば、
私の家に訪問するという項目はその時間割の中にはなく、
3限目と4限目の間に文字としては存在しませんが、
でもはっきりと存在する「10分間の休憩」のようなものなのだろうと思います。
私の部屋の窓ガラスが何の前触れもなく、叩かれます。
彼の登場です。
私の部屋は一階にあるため、
彼はこのように無礼な態度で自らの到着を知らせることができるのです。
不意に窓を叩かれた私は当然、驚きます。
と同時に「また来たか」と思うわけです。
部屋に上がり込んだ彼はいつものように私の部屋で唯一スペースが確保されているイスに腰掛けます。
無論、用件などはありません。
しかし、決まって彼が言う言葉があります。
「なにか面白い話ないの?」です。随分と乱暴な振り方です。
自分の都合で来ておいて、その上、こちらに
「おい。なにかおもしろいことをしろ」と要求するのです。
困った奴であります。私も「ない」と愛想のない返事をするのですが、
そこは私です。
案外、そう言われると「何か面白い話はないかな」と考えてしまいます。
そして、数十秒後には何かを話し始めています。
いつものパターンです。仕方ないのです。
黙っていたって彼が何かおもしろいことを言う訳ではありません。
この男、基本的に自分の話はしないというスタンスの人間です。
昔からそうで、簡単にまとめてしまえば「ずるい」のであります。
いや、「ずる賢い」というべきかもしれません。
いやいや、もっと言えばこの男には「才能」というものがある
と言ってもいいんだろう思います。幼い時から彼は何でもできました。
勉強もできました。字もうまかった。絵のセンスもありました。
運動も私よりははるかにできていました。
おまけに男前という体であります。
しかし、不思議と悔しいという感情はありませんでした。
羨ましいと思うことはあっても、マイナスな感情は湧いてきませんでした。
そんな彼の「おもしろい話ない?」に私はいつも親切に応えていました。たぶん。
しかし、誤解しないでいただきたいのは、
今までの説明だと私はさながら彼の召使いという印象を与えてしまうかもしれません。
それは、少し違うのです。
続く...
続く...
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