2013年の幕開けですね。今年の目標は、「楽しくすごす」であります。いろいろなことがあるんだと思うんですが、楽しく過ごしていけたらいいなと思います。
それで十分です。でも、きっとそれが一番難しいんでしょうね。だからこそ、「楽しく」であります。
さて、話はかわりますが、昨年もそれなりに映画を観たり、本を読んだりしていました(今年も楽しみますよ〜!)。で、今回は僕が2012年に観た映画、読んだ本の中でとりわけ印象深かった作品をほんの少し紹介してみようと思っています。これを読んでくれた二人くらいの方が「おっ!それ観てみようかな」、「ちょっと読んでみようかしら」と思っていただけたら幸いです。いや!!二人なんておこがましい!お一人でも十分です!いやいや、もうなんなら別に観なくてもいいんです!読まなくてもいいんです!ただ僕がここに好きでだらだらと打ち込んでいるだけなんですから.....(寂しい)。
まずは映画から。ズバリ、「おおかみこどもの雨と雪」ですね。で、この話、以前この場で感想を投稿していました。ですのでこちらへどうぞ→2012年8月14日のブログ
と、それではなんとも雑なので、もう一つ印象に残った作品を紹介します。それは
~ホビット〜思いがけない冒険〜です。ロード・オブ・ザ・リングの60年前という設定の物語で、ロード・オブ・ザ・リングと同じピーター・ジャクソン監督作品です。
この「ホビット」という作品、三部作なんですよね。最初は「おいおい、また三部作かよ〜」という思いがあり、観ようか観まいかと悩んでいたのですが、観終わった後には「これは観るべき!」と強く思える作品でした。とにかく、世界観がすごいんですよね。広大な平原、不思議な森、エルフの住む谷、などなど、ありえるはずのない世界がもの凄くリアルに再現されています。また、「そこ誰も観ないでしょ〜」という部分の登場人物の動きがちゃんとしているんです。隅の方でちゃんと動いている。あそこまでの壮大な作品なので、どっぶり映画の世界に入り込めることができます。三部と話は続きますが、この一部でも続きをあまり気にすることなく(でも、続きは観たくなる)楽しめる作品です。
続きましては本の紹介です。よく著書を読ませてもらっている内田樹先生(神戸女学院大学名誉教授)の『ひとりでは生きられないのも芸のうち/内田樹』という一冊です。
CanCamの目的である「めちゃモテ」が現代の若者の生存戦略であるという話から話が始まっていきます。特に僕は終盤の内容が印象に残りました。共同体の中での自分の役割とはどうあるべきなのかという話なのですが、自己実現ばかりに集中して、「他人の力なんて借りない、自分は自分一人の力で生きて行くことができるんだ」とか、「社会は自分のスキルアップの場所、自分の利益になること意外はしないんだ」という僕を含めた今の若い人達の考え方に、『得意なことは人の分までやってあげて、代わりに不得意なことはそれが得意な人にやってもらおうという「共同体とは相互扶助」によってなりたつもの』なんだという話や『私たちは自分が欲するものを他人にまず、贈ることによってしか手に入れることができない』、『若い人は一人で生きるノウハウを知るより先に、まず他者と共生することのたいせつさとそのためのノウハウを学ぶべきだ』という話をされています。ここで深くは紹介できませんが、社会や他者との関わり方についていろいろなヒントや導きを与えてもらった一冊でした。
長くなってしまいましたが、簡単に紹介してみました。今年も「いい」物にたくさん巡り会えるといいなと思っています。
では、今年もよろしくお願いします。
2013年1月2日水曜日
2012年12月29日土曜日
なんでもないことです、なんでも
しばらく体調を崩していました。だいたい冬になると体調を崩してしまうんです。冬には生命の危機すら感じています。だから、たぶん、あまり冬が好きになれないんじゃないかと思います。だって、生命の危機を感じるんですから。
体調を崩している期間、本当に辛く、退屈な日々でした。もう一生、健康になれないんじゃないのだろうか.....なんて思えるほど。で、やっぱりそんな状態の時に思う事って、「あ〜健康って素晴らしいな〜」ってことだったんですよね(あ、「もう、このままずっと健康になんてなれないんじゃないか」ってことも思っちゃいました)。
「健康って素晴らしい」、「なんでもない日常よアゲイン!!」ってことを激しい頭痛や高熱の苦しみの中で叫んでいました。
こういう時に、より強く日々のありがたさみたいなものを実感するんですかね。
そして、なんとか回復いたしまして、徐々に日常の時間を取り戻しております。毎年、この時期には体調を崩しがちということは先に言いましたが、今回はいつもより強く、健康に動いている日々に感謝をしながら床に伏せておりました。
ここ最近、自分の中から野心や卑しい心が出てくると「いやいや、なんでもない日常、ありふれた日常こそが幸せなんだ自分!!もっと謙虚になりやがれ!!」と言い聞かせていたからでしょうか......言い聞かせていたというより、そんなことを自然と思うようになっているからなのでしょうか.......まあ、どっちでもいいです!
ですので、回復した今、「健康って素晴らしい!」、「なんでもない日ありがとう!(ちなみにこれは糸井重里さんが言われている言葉です)」と強く思っているのです。そんな年の瀬なのです。
みなさんは、健康ですか?健康って思ってるより、何倍も幸せなことで、素敵なことなんですよね。
2012年12月23日日曜日
思い出を思いだしました
小学校での日々って、僕の中では、かなりいい思い出として残っています。
小学生の頃って徐々に「女子」を意識し始めますよね?よね?え?ですよね?
僕もそれは、それは意識していました笑。
つまり、アピールですね。それって簡単に言っちゃうと「どうやったらかっこよく見えるか(女子に)」ってことだったんだと思います。
きっと、小学生も高学年になろう子どもたちなら多少なりとも「これ」を意識し始めるはずです。きっと!僕はそうだった笑!
で、僕はというとその「どうやったらかっこよく見えるか」ってことを考えた時に「おもしろくなることだ!」ということになったんです。おもしろい=目立つ=かっこいいんだ!という結構、強引な考え方を「ん〜それだ!!」と採用してしまったのです。なんだったら、もう保育園とか小学校の低学年の頃から「目立つ」存在ではあったと思うんですが、中学年から高学年にかけて、その考え方を固めてしまいました。
そんな考え方を採用してしまった僕はどうなったかと言いますと.....それは、もう、本当に、ふざけていました。ただ、僕としては闇雲に、妨害的に、有害的にふざけていたつもりではありません!!先生が話す内容に少しでも「構いたくなる」部分が登場すると「うおりゃ〜」と攻撃を仕掛けていっていました(あれ、妨害的?いやいや違います!)ですから、先生としてはちょっと面倒な子どもでもあったんだろうと思います。でも、「妨害」までのことはやっていなかったはずです!いや、本当に!
あくまでも、クラスのみんなが笑ってくれることを望んでいたので.....
「学習発表会」なんかではセリフの変更は当たり前で、練習の度に笑いをとろうとしていたので、毎回セリフを変えていました。当然、当日も今までに言ったことのないセリフを言ったり......
そんなことを思い出して、思ったんですよ!!僕は、なんて迷惑な奴だったんだと!!
ただ、このどうしようもない僕を僕が過ごした小学校の先生方はどちらかといえば好意的(好意的かは分かりませんが...僕はそうだっただろうと思っています。勝手に笑)に受けとめてくれたんです(調子に乗って、怒られたことはよくありましたが...)。
それがなんだか嬉しかったんです。過ごしやすかったんです。だから、僕の小学校の頃の思い出はわりとキラキラしているんです。
なんてことを思い出したんです。
冬に思い出す、思い出はなんだか暖かさがあって、いいもんですね〜。
小学生の頃って徐々に「女子」を意識し始めますよね?よね?え?ですよね?
僕もそれは、それは意識していました笑。
つまり、アピールですね。それって簡単に言っちゃうと「どうやったらかっこよく見えるか(女子に)」ってことだったんだと思います。
きっと、小学生も高学年になろう子どもたちなら多少なりとも「これ」を意識し始めるはずです。きっと!僕はそうだった笑!
で、僕はというとその「どうやったらかっこよく見えるか」ってことを考えた時に「おもしろくなることだ!」ということになったんです。おもしろい=目立つ=かっこいいんだ!という結構、強引な考え方を「ん〜それだ!!」と採用してしまったのです。なんだったら、もう保育園とか小学校の低学年の頃から「目立つ」存在ではあったと思うんですが、中学年から高学年にかけて、その考え方を固めてしまいました。
そんな考え方を採用してしまった僕はどうなったかと言いますと.....それは、もう、本当に、ふざけていました。ただ、僕としては闇雲に、妨害的に、有害的にふざけていたつもりではありません!!先生が話す内容に少しでも「構いたくなる」部分が登場すると「うおりゃ〜」と攻撃を仕掛けていっていました(あれ、妨害的?いやいや違います!)ですから、先生としてはちょっと面倒な子どもでもあったんだろうと思います。でも、「妨害」までのことはやっていなかったはずです!いや、本当に!
あくまでも、クラスのみんなが笑ってくれることを望んでいたので.....
「学習発表会」なんかではセリフの変更は当たり前で、練習の度に笑いをとろうとしていたので、毎回セリフを変えていました。当然、当日も今までに言ったことのないセリフを言ったり......
そんなことを思い出して、思ったんですよ!!僕は、なんて迷惑な奴だったんだと!!
ただ、このどうしようもない僕を僕が過ごした小学校の先生方はどちらかといえば好意的(好意的かは分かりませんが...僕はそうだっただろうと思っています。勝手に笑)に受けとめてくれたんです(調子に乗って、怒られたことはよくありましたが...)。
それがなんだか嬉しかったんです。過ごしやすかったんです。だから、僕の小学校の頃の思い出はわりとキラキラしているんです。
なんてことを思い出したんです。
冬に思い出す、思い出はなんだか暖かさがあって、いいもんですね〜。
2012年12月12日水曜日
しっかりと
しっかりしろよ ほんと しっかりしろよ ほんとうに しっかりと。
雲を掴む感覚だったんだろうけど その雲を掴むために もっともっと 考えたのか。
長いはしごはどうだろう? 強力な掃除機ならどうだ? 大きな袋ならいけそうかな?
そんな風に考えたのか? そして やってみようとしたのか?
結局は見上げていただけなんだ。 やっぱりそうなんだ。
だったらこれから考えて もっとやってみなよ。
どうしたら掴めたのか なんで掴めなかったのか
掴む気持はあったんだろ?
もちろん。
だったら。
そして見上げるんじゃなくて 見つめてみたらどうだい?
もちろん見つめたつもりなのかもしれない。でも もっと見つめた方がいい。
しっかりしろよ ほんと しっかり な。
しっかりしたいよ いつも思っているよ。
でも、うまくいかないことばかりなんだ。だけど しっかりしたいから しっかりするよ
って言うよ。思い続けるよ。しっかりと。
思っていれば 変われるよ。きっと しっかりな。
雲を掴む感覚だったんだろうけど その雲を掴むために もっともっと 考えたのか。
長いはしごはどうだろう? 強力な掃除機ならどうだ? 大きな袋ならいけそうかな?
そんな風に考えたのか? そして やってみようとしたのか?
結局は見上げていただけなんだ。 やっぱりそうなんだ。
だったらこれから考えて もっとやってみなよ。
どうしたら掴めたのか なんで掴めなかったのか
掴む気持はあったんだろ?
もちろん。
だったら。
そして見上げるんじゃなくて 見つめてみたらどうだい?
もちろん見つめたつもりなのかもしれない。でも もっと見つめた方がいい。
しっかりしろよ ほんと しっかり な。
しっかりしたいよ いつも思っているよ。
でも、うまくいかないことばかりなんだ。だけど しっかりしたいから しっかりするよ
って言うよ。思い続けるよ。しっかりと。
思っていれば 変われるよ。きっと しっかりな。
2012年11月27日火曜日
えいが
映画っていいですよね。特に映画館で鑑賞するのが好きです。なんだかワクワクするんですよね。映画館。
始まる前の予告も好きです。どの映画も観てみたくなるあの予告を作る人は凄いですね。ナレーションのなんとも言えない息づかいもいいんですよね。
「この秋、あなたに訪れる感動〜」みたいなことをちょっと間を置いて言われたりすると「おお〜こりゃ観たい!!」となっちゃうんですよね。
「あなたはこの衝撃に耐えられるか」とか言われちゃうんとこれもまた、たまりませんね。
映画館で鑑賞することでいいことって、抜群に集中できことなんですよね。物語に。もちろん、僕の中ではですが。
そんでもって、観終わった後なんて、小一時間はその映画の話で盛り上がれちゃう訳なんですよ。うっとうしいですって?はい、うっとうしいと思います。
もちろん、DVDでの鑑賞もいいですよね。好きな飲み物を用意して、部屋を薄暗くして、ちょっと夜更かしな時間帯に観るのもたまりません。
でも、できることなら、できるかぎりは、できる範囲内で、映画館に足を運んで映画は観たいなと思っています。
それだけです.....笑
そんでもって、観終わった後なんて、小一時間はその映画の話で盛り上がれちゃう訳なんですよ。うっとうしいですって?はい、うっとうしいと思います。
もちろん、DVDでの鑑賞もいいですよね。好きな飲み物を用意して、部屋を薄暗くして、ちょっと夜更かしな時間帯に観るのもたまりません。
でも、できることなら、できるかぎりは、できる範囲内で、映画館に足を運んで映画は観たいなと思っています。
それだけです.....笑
2012年11月16日金曜日
ふつうのひと
「変わってるよね」とか「変な人だよね」ということをよく言われるんです、僕。
自分ではそんな意識はないんですけどね。
で、変わってる人の向こう側にいるのは「ふつうの人」と言われる存在だったりすると思うんです。
でも、「ふつうの人」ってなに?どんな人のこと?そもそもふつうなんて考えはないんじゃない?みんなそれぞれ、違うんだから......
みたいな「ふつう」ということへの違和感とか、毛嫌いみたいな感覚って結構、言われたりしていますよね?自分は自分。みたいな価値観の世界ではやっぱり、この「ふつう」って毛嫌いされているんでしょうね。
僕も「ふつう」をどこかでそんなふうに感じているんだと思います。
で、そんな「ふつう」についてちょっと考えてみると、僕にとっての「ふつう」って意外と必要なことなのかもしれないぞと思えてきたんです。「ふつう」=他人への配慮とか謙虚な態度っていうことになったんです。僕の中で。これ、あくまでも僕の中です。
「ふつう」って、最低限意識しておかなければならない態度だと思うと、これはやっぱり必要じゃないかと。これは毛嫌いしている場合ではないぞと。単なる同調とか、みんなと一緒とか、当たり障りのない.....とかいうことではないぞと。
とりあえずの「最低ライン」が「ふつう」だとするなら、おいおい、おいらはそれを無視してはけないぞと思っています。ということはきっと、無視していたんですよね。
何様のつもりだ!わたし!
自分ではそんな意識はないんですけどね。
で、変わってる人の向こう側にいるのは「ふつうの人」と言われる存在だったりすると思うんです。
でも、「ふつうの人」ってなに?どんな人のこと?そもそもふつうなんて考えはないんじゃない?みんなそれぞれ、違うんだから......
みたいな「ふつう」ということへの違和感とか、毛嫌いみたいな感覚って結構、言われたりしていますよね?自分は自分。みたいな価値観の世界ではやっぱり、この「ふつう」って毛嫌いされているんでしょうね。
僕も「ふつう」をどこかでそんなふうに感じているんだと思います。
で、そんな「ふつう」についてちょっと考えてみると、僕にとっての「ふつう」って意外と必要なことなのかもしれないぞと思えてきたんです。「ふつう」=他人への配慮とか謙虚な態度っていうことになったんです。僕の中で。これ、あくまでも僕の中です。
「ふつう」って、最低限意識しておかなければならない態度だと思うと、これはやっぱり必要じゃないかと。これは毛嫌いしている場合ではないぞと。単なる同調とか、みんなと一緒とか、当たり障りのない.....とかいうことではないぞと。
とりあえずの「最低ライン」が「ふつう」だとするなら、おいおい、おいらはそれを無視してはけないぞと思っています。ということはきっと、無視していたんですよね。
何様のつもりだ!わたし!
2012年11月8日木曜日
めうつり
走りたくなったら、ちょこちょこっと走っています。でも、僕は「ランナー」ではありません。でも、でもランナーと言われればランナーなんですが、ん〜、やっぱりランナーではありません。
「たつやー」です。なんだかよく分かりませんね。
で、そんな「たつやー」が先週、職員旅行で大阪を訪れた際に、早朝の大阪市内を走ってみたんです。
知らない土地を走るのって気持がいいですね。それに時間の経過を忘れてしまいます。気がついたらホテルの前まで戻っていました。
なぜ、この大阪でのランニングは時間を忘れるようなランニングになったんだろうかと考えてみました。そして、僕なりに出た結論が「目移り」です。
大阪の市内なんて、僕の住んでいる町とは違い、とにかくお店がたくさんあります。「おっ?このお店はなんだ?」、「むむ!かわいいお店だな!」、「おや、このお店はここにあったのか!」みたいな感じで、次から次へと目が移ります。
そんな感じで目が移っていると「走っている」ということに意識がいかなくなって、町の方に意識が飛んじゃうんです。実際に、大阪を走っていて、「そろそろひきかえそうかな〜」っと思っていたのに、【大阪市役所】という看板を目にしてしまい、体が勝手にそこへ引き寄せられていました。もう、この時って走ることに意識はなくて、市役所を見たいがエネルギーになっているんですよね〜。
で、何が言いたいのかといいますと、そんな気持で普段のランニングをしたいなと。毎日、ほぼ同じコースを走っているとそれに慣れてしまい、どんどん走ることに意識がいって、「ちょっと、つらいな〜」と思うこともあったりすんです。だって、周りのものに目移りするような刺激はありませんからね。
じゃあどうすればいいのか。もう頭の中で目移り状態を作ってしまえばいいんですよ!そうすれば、きっとあっという間に走り終わっているはずなんですw
「おいおい、さっきお前は"僕はランナーじゃありません"って言ってたじゃないか。だったらそこまで走る必要ないだろ。走りたくない時は走るなよ」というお言葉が聞こえてきそうですね。その通りです!!そんな時は無理して走らなくていいんですよ!

でも、体は嫌でも頭がどうしても「今日は走らないと!」と言っている日があるんです。そんな時は走らないと、どうも気持が悪くなるんです。だから、そんな時にこの「脳内目移り」を試してみようと思ったんです。
はい、そうなんです。
(あっ、実際に今日試してみました。今日はうまくいった気がします.....w)
「たつやー」です。なんだかよく分かりませんね。
で、そんな「たつやー」が先週、職員旅行で大阪を訪れた際に、早朝の大阪市内を走ってみたんです。
知らない土地を走るのって気持がいいですね。それに時間の経過を忘れてしまいます。気がついたらホテルの前まで戻っていました。
なぜ、この大阪でのランニングは時間を忘れるようなランニングになったんだろうかと考えてみました。そして、僕なりに出た結論が「目移り」です。
大阪の市内なんて、僕の住んでいる町とは違い、とにかくお店がたくさんあります。「おっ?このお店はなんだ?」、「むむ!かわいいお店だな!」、「おや、このお店はここにあったのか!」みたいな感じで、次から次へと目が移ります。
そんな感じで目が移っていると「走っている」ということに意識がいかなくなって、町の方に意識が飛んじゃうんです。実際に、大阪を走っていて、「そろそろひきかえそうかな〜」っと思っていたのに、【大阪市役所】という看板を目にしてしまい、体が勝手にそこへ引き寄せられていました。もう、この時って走ることに意識はなくて、市役所を見たいがエネルギーになっているんですよね〜。
で、何が言いたいのかといいますと、そんな気持で普段のランニングをしたいなと。毎日、ほぼ同じコースを走っているとそれに慣れてしまい、どんどん走ることに意識がいって、「ちょっと、つらいな〜」と思うこともあったりすんです。だって、周りのものに目移りするような刺激はありませんからね。
じゃあどうすればいいのか。もう頭の中で目移り状態を作ってしまえばいいんですよ!そうすれば、きっとあっという間に走り終わっているはずなんですw
「おいおい、さっきお前は"僕はランナーじゃありません"って言ってたじゃないか。だったらそこまで走る必要ないだろ。走りたくない時は走るなよ」というお言葉が聞こえてきそうですね。その通りです!!そんな時は無理して走らなくていいんですよ!

でも、体は嫌でも頭がどうしても「今日は走らないと!」と言っている日があるんです。そんな時は走らないと、どうも気持が悪くなるんです。だから、そんな時にこの「脳内目移り」を試してみようと思ったんです。
はい、そうなんです。
(あっ、実際に今日試してみました。今日はうまくいった気がします.....w)
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