これで、ドラマ版SPEC→翔(SPドラマ)→天(映画)→零(SPドラマ)→結〜漸ノ篇(映画)→結〜爻ノ篇(映画)と続いたSPECの世界が終わりました。
ドラマ版から見続けていたものにとっては、
想像はしていましたが、思っていたよりも、寂しいです。
終わったんだなって。
で、内容がバレない程度に抽象的に、ほんのり具体的に結の感想をまとめておこうかと。
おもしろい!と思ったのは今回のお話がいろいろなお話と
リンクしているところなんです。
日本神話であったり、ガイア理論であったり、平行宇宙であったり...
と、僕もよく分からないので、ざらっと調べて、説明しますと
ガイア理論は地球と生物が相互に関係しながら環境を作り上げているさまを
地球が意志を持った一つの生命体のようだと考えるものという感じでしょうか。
映画でも「ガイアの意志」というセリフが出てきます。
また、ガイアとはギリシャ神話に出てくる女神の名前に由来しているそうです。
このガイアは世界の始まりから存在していた神であるとされています。
他にも、平行宇宙とはパラレルワールドとも言い、とっても簡単に言っちゃえば、
今の世界と平行して、全く違う世界が存在するというものです。
そんなことがSPECのお話に絡んできます。
漸ノ篇では先人類の末裔として卑弥呼が出てきます。
(この卑弥呼が物語により緊張感を持たせてくれます!!いい!)
日本神話には天照大神という神様が登場します。この神様は女神でもあります。
一説ではありますが、この天照大神は卑弥呼ではないのかという説も...
そして、天照大神の弟に須佐之男命(スサノオノミコト)がいます。
映画の中にセカイという白い男が出てくるのですが、(向井理さんですね)
この、セカイは卑弥呼のことを
「兄じゃ」と呼んでいます。卑弥呼は女性ですが、
セカイは卑弥呼の弟的な意味合いがあるとすれば、
須佐之男命とも解釈できるのでしょうか。
(こうやっていろいろ想像できるから、SPECはおもしろいです)
須佐之男命は多面的な性格であったとされているそうです。
大蛇を退治し英雄でもありながら、天界では凶暴な姿も見せています。
この理由には諸説あるそうですが、
善なのか、悪なのか、そんな姿とこのセカイの姿がまた被ったりもします。
セカイもまた掴めない存在です。
物語では、何かと戦ってはいるのですが、それが決して
善と悪の対立でないという印象を受けます。
どちらが良くて、どちらが悪いという話しではない。
西洋の神話や出来事、日本の神話なんかが絡んできたりしますが、
一つの世界の中では形は違えど、それらは全てリンクしているようでした。
なんだかここにメッセージがある気もしますよね。
何が善で、何が悪という訳ではなく、日本神話もあれば、西洋の話もある。
何が本当で、何が嘘ということでもないのかもしれません。
それをひっくるめて。という感じでしょうか。
長い時間をかけて、物語が成熟し、しっかりと完結しました。
作っている人達の思いが伝わってくる物語です。
あ、そういえばSPECの中で竜雷太さんが
「野々村光太郎係長待遇」を演じています。
その野々村さんの言葉に「心臓が息の根を止めるまで、真実に向かってひた走れ」
というものがあります。
大袈裟ではありますが、この言葉を何度も頭で唱えながら、
神戸マラソンを走りました...心臓が止まりそうになったら歩きますけどね。
それが宇宙や世界、時代なんかと関係していくというお話です
今更ながら、ざっくりした説明で、すいません。
ですが、一番大切なのは人の思いであるということも言っているようでありました。
あ〜寂しいな〜。
0 件のコメント:
コメントを投稿