2013年5月15日水曜日

確証バイアス


「超常現象をなぜ信じるのか〜思い込みを生む「体験」のあやうさ/菊池聡」という本があります。人の認知の不確実さがとても分かりやすく解説してある一冊です。その中で、ある実験の紹介がされています。その実験から人の思考傾向が分かりやすく解説されているので、ちょっと紹介してみようと思います。


【】は本文の引用です。

【別室に待機している初対面の人物がどんな性格かを実際に相手に面談して、推測するように求められました。ただし、最初に半数の参加者は「相手は外交的な性格の人」と紹介され、残りの参加者には「相手は内向的な性格の人」と紹介されたのです。



つまり、実際に面会する前に相手に対する予期が形成されたことになります。次に、実際に面会したら相手にどのような『質問をしたいかを、いくつかの選択肢から選ばせました。その結果、面接する相手が外交的だという予期を持った参加者は、「たとえばどんな状況であなたはおしゃべりが多くなりますか?」といった相手が外交的だという仮説を確証する質問を多く選びました。これに対して面接する相手が内向的だという予期を持った参加者は「騒々しいパーティのどんなところが嫌ですか?」といった、やはり自分の予期を確認する質問を多く選んだのです。


この実験は様々な条件を変えて、行われましたが、予期を確証する質問を選ぶ傾向は一貫して見られました。もしも、この初対面の相手が、実際には内向的な面も外交的な面もそこそこに持ち合わせた人、つまり普通の人であったとしたらどうでしょうか。おそらくたくさんの質問に対して、自分なりに答えるでしょうが、その多くは、質問者の予期をさらに確証させてしまう答えになはずです。外交的な面をきかれ、自分の外交的な面を答えたとしたら、それはその人が外交的であるこのと確証になってしまいます。同様に内向的という予期をもった質問者は、自分の予期が確証されたと考えるでしょう。私たちは、予期にそった情報収集をすることで、入手した情報が自分の予期を証明していると錯覚してしまうのです。】

また、ある実験では


【教育評価法の研究という名目で、ある実験が行われました。参加者は小学校4年生のある女の子のビデオを見て、その子の学力を判断することが求められました。ビデオの前半では女の子が遊んでいる様子などが映し出され、その際に半数の参加者には女の子が劣悪な家庭環境の子どもであると説明され、残りの半数の人には中流階級の家庭の子どものであると説明されました。



つまり、前者の説明では女の子が低学歴であると予期させる情報であり、後者の情報では相対的に高学歴であることを予期させられることになります。このビデオの前半部分が終了した際に参加者に女の子の学力を評定させたところ、どの予期条件でも学力の判断にほとんど違いは見られませんでした。問題はそのあとです、後半部分では女の子が教室で教師から出される問題に答えている場面が映し出されました。この女の子は難しい問題にも、簡単な問題にも同じ程度に正解したり、誤って答えたりしています。この後半部分だけ見ても、その子が高学歴か低学歴なのか判断できないように、慎重に配慮して作られていたのです。



そして、このビデオを見終わった後に、参加者は再び女の子の学力について読解力、知識、算数能力といういくつかの項目で評定することを求められました。すると、最初に低学歴を予期した人と高学歴を予期した人では、全ての項目で評定にはっきりと差が見られました。すなわち、全ての項目で高学歴と予期した人たちの方が能力を高く評価していたのです。これは与えられた予期情報通りに女の子の学力が評定されてしまったことになります。後半は同じビデオを見ています。また前半のビデオの後の評定ではまったく差がなかったにも関わらず、なぜこのような評定差が生じたのでしょうか。



さらに詳しく参加者の評定を分析すると、高学歴の予期を持った参加者は女の子が難しい問題に正しく答えた場面をよく憶えていることが分かりました。つまり。ビデオの雑多な情報の中から、自分の予期の正しさを裏づける情報が選択的に認知され、逆に反証となる情報には注意が払われていなかったのです。】



女の子の実験はいくら実験といってもなんだか嫌な感じですね。そもそも、学力って...とかそんなことで評価しようとしているなんて...といろいろ考えてしまいますが、それは本題ではないので...

で、このような思考傾向を「確証バイアス」と呼ぶそうです。確証バイアスの側面を簡単に説明すると「人はその時に持っている信念や仮説に合致する情報を求める傾向をもつこと」ということになります。



心理学用語が出てきて少し読みとりにくい文章かもしれませんが、この確証バイアスというものは知っておいても損はないように思います。私たちが日々、多くの人と接する際にこの確証バイアスというものによって、誤った人物像を作り上げてしまうということは往往にしてあることだろうと思います。誤った人物像が作られると、その人物像に合う都合の良いことしか受け入れなくなるということは先の実験の様子からも分かることですね。



これってちょっと気をつけておかなければいけないことだと思います。これが行き過ぎてしまうと大変ですから! 

2013年5月8日水曜日

いい時間でした。

連休中は下関~福岡に行っておりました。
楽しく、充実した時間を過ごすことができました。
そんな中、旅行2日目と3日目に朝ランニングも楽しみました。



まずは北九州ラン。道路沿いを走っていると
「瀬板の森公園」という所を発見。早速、入ってみるとこれが気持ちいい!


 





道は舗装されているのですが、周りは木々ばかりなので、
気持ちも落ち着き(別に不安定になっていた訳ではありませんが)、
優雅にランニングを楽しむことができました。
朝という時間でも、多くの方が走ったり、歩いたりと
身体を動かすことを楽しんでおられるようでした。




次の日は福岡市を走りました。ヤフオクドームや
福岡タワー付近の海辺からスタートし、


大濠公園という所に行ってきました。この大濠公園は1週が2㎞あり
、またランニングがしやすいように道も作られていました。



なので、朝から本当に多くのランナーが走っていました。
そんなランナーのみなさんと方を並べながら、
僕もゆっくり走りました。この大濠公園もとっても気持ちがよかったですね。
木々に囲まれているし、真ん中には池もあり、
木と水を感じながら、ランニングをすることができました。
(こちらが昼間の様子です。右側の建物は公園内にあるスタバです。
なかなかいい雰囲気でしたよ。)


(こちらが僕が走った朝の様子)

しかし、途中でお腹をくだしてしまい、早めにホテルに戻ることに...
もっと走りたかったです...。

 

知らない土地を走るのって楽しいんですよね。
車に乗っている時には気がつかないことに目がいったり、
実際に走ることでその町の空気を感じるっていうんですかね。
なんだか、町の雰囲気が伝わってくる気がするんです。
「あ。気持ちのいい町だな〜」なんて思ったり。
それがいいんですよね。旅行先でのランニング、たまりません!
あ!ランニングは一人でもできますが、僕は一緒に旅行に行ってくれる
人がいることにとっても感謝もしています。

2013年5月1日水曜日

森田さんのお仕事を体験




弥栄(やさか)でリンドウという花を栽培されておられる森田さんの(保育園の保護者会長さんです)所へ職場の人達とお手伝いに行ってきました。以前から、森田さんのお話を聞いていて、いつかはお手伝いにいきたいと思っていたので、念願かないました。



リンドウの株一つひとつに肥料をまいたり、脇目を摘んだりという作業をさせていただきました。


土手に座って、休憩。




中腰の体勢での作業のため太ももが圧迫(小太りなので)されるので、このマシーンには助けられました。これに座って、移動しながら、脇目を摘みました。


これが僕たちが担当したリンドウ畑です。この他にもいくつものリンドウ畑があります。この畑は10月頃に花が咲くそうですよ。


作業を終えた後には森田さんのお父さんとお兄さんがやっておられる牧場にもお邪魔させていただきました。


今回、一日という時間ではありましたが、
森田さんのお仕事を体験して、植物や動物と関わるお仕事の内容を知るとともに、
その大変さも感じました。
とにかくコツコツと段階を踏んでいく作業の連続で、
簡単なものではなく、気持ちも体力も使うお仕事でした。
植物や動物に合わせて行動するので、決まった休みはありません。
人の都合が優先ではないというのがなんとも考えさせられます。



社会にはいろいろな仕事があり、様々な人がいるからこそ成り立っているんですよね。
今年度の保育園のテーマは「仕事を知る」です。
子どもたちにそのようなことも感じもらえるように
取り組んでいきたいと思っています。




ちなみに園のテーマが「仕事」だから、森田さんのお手伝いをしたという訳ではなく、
好奇心から「体験してみたい!!」という思いが生まれ、
このような機会を頂きました。
これからも定期的にお邪魔させてもらう予定です!!



みなさん、弥栄には情熱をもって、リンドウを栽培されておられる方がいます。
どこかで、リンドウを見かけたら、そんなことを思い出していただけると嬉しいです。

2013年4月24日水曜日

お世辞にも痩せているとは言えないので...

(4月17日に更新していた記事が消えてしまったので、再度アップしました。え?誰も見てないって?そうですよね....しょぼん)
不意に気がつくことがあります。「あっ...自分って太ってるのか…」って。
気がつくということは
「あなた太っているという自覚がないの?え?本当に?驚き〜」
なんて声が聞こえてきそうですね。
まったくない訳ではないですよ。
もちろん、わかっているつもりです。
自分が太っているということくらい。でも、太ったんだから、
当然、僕にも痩せている時期はありました。
その時は結構、走るのも速くて、比較的俊敏に動けていました。
痩せていた時の体型も記憶の中に結構な幅をきかせて存在しています。未だに。



正直言いますと、痩せている自分のイメージが
僕の中ではまだちょっと残っています。だから、
本気で走った時や、全身鏡なんかで身体にフィットした服なんか着た自分を見て、
気がつくんです。「あれ?走れない」とか
「うげ!お腹でてる!」という太っているという事実にです。
いや、もちろんそのまえから分かってはいますよ。
太っているということは。でも、
記憶の中の痩せている自分のイメージがほんの少しあるだけでその太っているということをぼやけさせるんです。
で、それがパッと晴れた時にしょんぼりしちゃう。



で、で、何が言いたいのかというと、自分を知るとか、
自分を客観的に見るって難しいんですねということなんです。
かなり強引ですが。案外人って、
自分に対して誤った評価をしてしまっていたりするような気がします。
そうやって誤った自分像を持ってしまうとなかなか良い方向に進んでいけない
、成長していけないんでしょうね。僕も、
極端な話、ずっと痩せていると思いながら、
太り続けると、これは大変なことになりますよね。
うん、うん。ってなことです。 

2013年4月10日水曜日

手ごたえ?

自動販売機にネットカフェ、インターネットショッピングに
自動で開閉する便座とかとか。他人と関わらなくて済むことや、
便利で手間のかからないことを僕たちは知っていて、
結構、いや日常的に使っています。



自動販売機はお金を入れれば商品が手に入ります。
わざわざ、お店にまで足を運ぶ必要はありません。
インターネットショッピングは商品の幅がかなり広く、
しかもお店に足を運ぶ以前に動かなくても買い物ができてしまいます。
これほど便利なことはありませんよね。
僕自身もかなり活用しています。
それに、自動販売機にしてもネットショッピングにしても、
他人に会うことはありません。基本的に一人で完結する動作ですよね。



ネットカフェもお店には足を運びますが、
入ってしまえば後は一人の空間です。
誰かに会いにいくところではないですね。
自動開閉の便座はおまけみたいなものですが、
これは便座の蓋を開閉する手間が省かれます。



うん、うん。本当に便利です。
体を動かしたり、他人と関わるということは
確かにストレスになることもあるのは確かなことですね。
でも、気が付くと周りのいろいろなモノが
「動かなくていいこと」や
「あまり人と関わらなくていいこと」になっていっているんですよね。
不意にそんなことに気が付く時があります。



便利だから、僕もが使ってはいますが、
なんだかそれに対して、たまに「あれ?」と思うことがあります。
なんでしょうか、「手ごたえ」がない。
みたいな感覚なんですかね。



それは便利なものを使わないで、ちょっと面倒だったり、
ちょっと疲れることをあえてしているときに気が付くような気がします。
ちょっと面倒だけど、体を動かして何かをした後って、
気持ちよかったりするんですよね。
それは人と関わることもそうなんだと思います。
誰かと関わる時にはその誰かの反応を少なからず気にするんだろうと思います。
これはやっぱりストレスにもなりますよね。
でも、誰かと関わって、共感したり、
一緒になにかとすることはやっぱり気持ちがいいんです。



面倒なことなのかもしれないんだけど気持ちがいいんです。
「手ごたえ」というんでしょうか。
面倒なことにはそんな「手ごたえ」が潜んでいる気がしています。
ということをほんのりと感じております。



今って、「少しでもストレスを減らしましょう」が
スローガンになっていろいろなモノが出来上がっているんですかね。
分かりませんが。



あっ!こんなこと言ってるからって僕は率先して
面倒なことをやっているという賢者ではありませんよ!
どちらかといえば便利な風に吹かれております・・・てへへ。 

2013年4月3日水曜日

芳賀隆之さんの言葉


とあるCMのメイキング映像の中で所ジョージ(芳賀他隆之)さんが、
こんなことを言っていました。



「わたしの場合やりたいことをやろうっていうより、
やりたいことはあんまり思いつかないんですよ。
やってることを楽しんでいるだけでね。その日その日に来た事とか、
自分が思う事を楽しんでいるだけなんで。目の前にあるものをおもしろがろうと。」



この言葉、いいですよね。
本人は、ものすごくさらっと言っておられましたが、
これができちゃえば、たいがいの悩みとかが解決してしまいそうですね。



良い意味での「現況に満足する」という言葉にもつながりそうです。
現状を受け入れて、それを膨らましたり、工夫したりしていければ、
毎日あまり悩む事もなく、楽しく過ごせそうです。



素敵な言葉だな〜。

2013年3月27日水曜日

海援隊のコンサート

3月23日に海援隊のコンサートへ行ってきました。
友人からの誘いもあり、10年振りの海援隊のコンサートとなりました。
実は10年前もこの友人と行っていました。




小学生の頃から好きなんですよね。海援隊。
そもそもは武田鉄矢さんが好きだったんです。
小学生の頃から好きだったなんて、
変わってるね〜なかなかそんな小学生いないんじゃない?
とお思いのみなさん。実は一緒に行った友人も小学生の頃から海援隊が好きなのです。
変わった小学生が二人もいたんですね。
と、よく言われますが、自分自身では
変わっているとあまり感じていないんですよね...



で、コンサートなんですが。やっぱり、おもしろいですね。
トークが抜群に上手い。知っている話でも笑ってしまうんです。
これは、もう落語といってもいいのかもしれません。



歌はといいますと、正直、歌を聴いている時の自分の心情には驚きました。
10年前とは全く違う気持ちで聴いていたんです。
当然と言えば当然です、10年も経てば、人は変わりますよね。
でも、ここまで違うものなんだ…..と驚きました。
感動したんです。隣りにいた友人は何度も泣いていたようです。



歌やトークを聴きながら、いろいろなことを考えました。海援隊のみなさんの姿勢からもいろいろ考えさせられました。



自分たちのことを分かっておられるんだなということがすごく伝わってきたんです。
背伸びをしようとか、目立ってやろうとかいうことではなく、
自分たちとしっかり向き合い、
向き合ったからこそ生まれた満足の形を歩んでおられる気がしました。
とっても自分勝手な解釈ですが。
この、「自分を理解する」ってとても難しいことなのかなと思っています。
でも、しっかり自分を理解できたなら、
いろいろな行動が変わっていきそうな気がします。
満足の形も無理のないものになっていくような気もします。
「満足の形」は人それぞれですが、案外、
その満足の形が無理な形になっていることがあったりもして、
困ったものなのです(しみじみ)。



三角の鍵穴にひし形の鍵ををねじり込んでもね~。



今後、みなさんは老いていくということを楽しみながら、そしてそれを歌にして、ゆっくり歩んでいくそうです。