2013年1月30日水曜日

8:2からの

ちょっとした時間、立っていることがあるとしますよね。
もちろん長時間、立っている場合も同じなんですが、
立ち続けていると足がだるくなってきます。




で、そんな時どんな立ち方をしているのかというと、
僕の場合はだいたいどちらか一方の足に重心を置います。
感覚的には8:2という感じですかね。
片方の足に8もの負担がかかっていたら足もだるくなります。
よくよく思い出すと、立っている場合のほとんどで
片方加重という状況なんです僕。



とくに気にならない程度の時間なら片方加重でも問題ないんですが、
割と長い時間立っていようと思うと片方加重では
立っていられなくなります。で、どうするかというと
今度は逆の足に8の負担をかけてそっちも片方加重にしちゃう。
この繰り返しです。



なんでこんな立ち方をするんでしょうか…..
たぶん楽だからだと思うんです。
片方加重で立つのって楽なんですよ。
だからやってしまう。でも、長くは立っていられない。
なんなら膝も壊してしまうかもしれません。



だったらどうすればいいんだと。そうですよ。
両足に同じ負担をかけて5:5で立っていればいいんです。
なんなら股間あたりに1くらいの余裕を持たせることで
4.5:4.5くらいの負担で済ませることもできそうです
(分かりにくい感覚ですねw)。
そうすると結構長い時間立っていられるんです
(これ、中学生の頃に剣道の試合の手伝いで散々立ち続けるという場面で実践済みです)。
でも、そのかわり片方加重の時に比べるとちょっと面倒なんです。
意識しないといけないので。でも、その方が長く結果として
楽に立っていられるんです。意識するか、しないかの違いですかね。




そんな感じでいろいろなことに取り組めたらな〜と思います。
どうしても加重になってしまい、すぐに座り込んでしまう人間なので。
できれば座り込みたくないんです。



ポイントは1の股間の余裕ですかねw




2013年1月23日水曜日

たいさくはすいみん...

先日、職員同士で「自分の風邪対策」についての話し合いをしました。
みんなの風邪対策を「うん、うん」と頷いたり、
「へ〜!」なるほどな〜と思いながら聞いていました。
体調を崩さない人が多いんです。
で、途中で「睡眠時間」の話に。
…...みんなしっかり寝ているんですよね。
それが当たり前のように、しっかりと。





僕は体調をどちらかといえば崩しやすいんです。
で、思ったんですよ。
「あ!こりゃ原因(体調を崩しやすい)は睡眠にあるんじゃなかろうか」と。
僕は小さい頃から夜更かし…というか睡眠時間は短い方でした。
あまり寝なくても元気にやっていました。
もちろん、睡眠時間には個々に違いがあって当然です。
なので、僕はどちらかと言えば睡眠時間が短くていい人のくくりだと思っています。
そのつもりでずっと過ごしてきましたし。





でも、でもですよ。それでも最近は「ちょっと睡眠が足りないな」
と思うことが多くなってきたんです。
これって自分に合った睡眠時間の枠を超えちゃっているのかもしれません。
「おれはもともと睡眠時間は短いほうだし〜」という思いが、
だんだんと僕の睡眠時間を短くしていたんだろうと。
で、気づけば睡眠から得られる回復だとか免疫力だとかの
恩恵が減っていたのかもしれません。





僕らって結構な時間を寝て過ごしますよね。
時間に換算するとものすごい時間を睡眠にあてています。
そんな単純なことからも分かるようにやっぱり「睡眠」って大事なんですよね。よね?
しっかり寝ることで、良い体調を維持できるかもしれないなら、
これはやるしかないです。うん。やるしかない。




朝、「もっと寝ておけばよかった〜」が「たっぷり寝れた〜」になるように。 

2013年1月16日水曜日

だれかのために

「誰かのために」という言葉を最近、意識します。
自分が動いている動機が「誰か」つまり、「自分以外の人」の
ためになるようにと思っています。

お恥ずかしい話、これまでの自分を振り返ると「誰かのために」
という動機で動いていただろうか.....と。
どうも「自分のために」が僕が動く動機のかなりの部分を
占めていたように思います。

ちょっと考えただけでも、僕ではない「誰か」が僕という
「誰かのため」に動いてくださった出来事ってたくさんあるんです。
その「誰か」が僕のために動いてくださり、僕がそれに気がつかないで
過ごしてきた出来事もたくさんあると思うんです。

「誰か」にしてしまうとなんだか冷たい印象も受けるのですが、
明確に「あなたのために」という動機づけばかりではなく、
結果として「誰かのため」になっている動きを自然と
されている人もいて、それが僕という「誰かのため」になっている
ということもたくさんあると思うので、やっぱり「誰か」と
いう表現がいいのかなと思っています。もちろん「あなた」のために、で、
動いていくこともひっくるめて「誰かのため」にです。

どうも最近、自分の行動を振り返った時に「自分のために」で
動いていることが多いような気がしたんです。いや、多いんです。
なんだかそれに気がついた時に嫌な気分になったんです。
「なんなんだおれ」と。
だからといってそう簡単に、「誰かのため」にが「自分のため」に
を上回ることはできないんだろうと思います。お恥ずかしい話ですが
僕は今はそんなレベルなんだろうと思います。

でも、それでもやっぱり意識していかないといけないんです。
意識しないときっと、「自分の」ばかりに行ってしまうと思うんです。

自然に自分の行動が「誰かのため」になっている。なんて
のは崇高な領域なのかもしれませんが、「あなたのため」にが少しでも増えていくと
いいのかな。少しでも「誰かの」や「あなたの」が増えるように
過ごしていきたいなと思っています。


これが本当にできていないので...
これまで、わがままに生きてきたなと自覚しているので...




2013年1月8日火曜日

冬に夏のはなしを少し

冬ですね。寒いです。みなさん、冬は好きですか?
僕は冬が好きな方ではありません。「嫌い」っていう言い方はなんだか違うような気がするので、「好きな方ではない」とか「好きではない」とか「好きとは言えない」になるんですかね。分かりませんが。


「じゃあ好きな季節はあるのか?」って聞かれると、「はい!夏です」と答えることができます。僕は夏が好きです。そりゃ暑いですよ。「勘弁してよ、この暑さ〜」と思うこともありますが、やっぱり夏が好きです。



「なんで夏が好きなの?」と聞かれると、それも答えることができます。まず、青々と生い茂る植物がいいんです。それに、大勢で鳴いているセミ、一夏を懸命に生きる昆虫もいいですよね。で、結局、何かっていうと「イキイキしている」が僕の夏が好きな理由だと思っています。木々や草花は太陽に照らされ、美しい姿を見せてくれます...「イキイキしている」気がします。虫たちはエサやパートナーを求めて飛び回り、動き回っています…「イキイキしている」ように見えます。そんな姿を見て、僕もなんだか「イキイキ」したり、うかれちゃったりします。夏って多くの人がうかれている気がしませんか?それを見るのも好きなんです。



と、なるとなんで、冬が好きになれないか…..僕の勝手なイメージでなんですが「イキイキしていない」気がするんです。もちろん、冬にだって草木や生き物は生きています。その目立たない「イキイキ」を探しなよ!と言われれば、返す言葉はありません。冬だって良い所はあります。寒い中の焚き火なんて、最高です。冬には冬の良さがあります。それは分かっています。でも、僕はずっと夏を待ち遠しくしながらいつも冬をすごしている気がします。



大昔の人間にとって冬は恐怖だったんだと思うんです。食料や寒さの問題もあったのではないでしょうか。きっと、僕にはその恐怖の記憶がどこかに残っているのかもしれません...なに言っているんですかね。



どんな季節にもいい所はたくさんある。でも、今は夏が好きなんですよね。もう少し歳を重ねるとその考えも変わっていくのかな?それは、それで楽しみでもあるんですけどね。

(追記  これ、なんの話なんでしょうか?読み返して、恥ずかしくなってしまいました。意味が分からない...でも、もともと意味のあるこのなんてこのブログにはないんですが、それでも「だから、なに?」って言いたくなりますよね...恥ずかしいですが、残しておきますw)

2013年1月2日水曜日

2013年のご挨拶に2012年のことを

2013年の幕開けですね。今年の目標は、「楽しくすごす」であります。いろいろなことがあるんだと思うんですが、楽しく過ごしていけたらいいなと思います。
それで十分です。でも、きっとそれが一番難しいんでしょうね。だからこそ、「楽しく」であります。



さて、話はかわりますが、昨年もそれなりに映画を観たり、本を読んだりしていました(今年も楽しみますよ〜!)。で、今回は僕が2012年に観た映画、読んだ本の中でとりわけ印象深かった作品をほんの少し紹介してみようと思っています。これを読んでくれた二人くらいの方が「おっ!それ観てみようかな」、「ちょっと読んでみようかしら」と思っていただけたら幸いです。いや!!二人なんておこがましい!お一人でも十分です!いやいや、もうなんなら別に観なくてもいいんです!読まなくてもいいんです!ただ僕がここに好きでだらだらと打ち込んでいるだけなんですから.....(寂しい)。


まずは映画から。ズバリ、「おおかみこどもの雨と雪」ですね。で、この話、以前この場で感想を投稿していました。ですのでこちらへどうぞ→2012年8月14日のブログ


と、それではなんとも雑なので、もう一つ印象に残った作品を紹介します。それは
~ホビット〜思いがけない冒険〜です。ロード・オブ・ザ・リングの60年前という設定の物語で、ロード・オブ・ザ・リングと同じピーター・ジャクソン監督作品です。
この「ホビット」という作品、三部作なんですよね。最初は「おいおい、また三部作かよ〜」という思いがあり、観ようか観まいかと悩んでいたのですが、観終わった後には「これは観るべき!」と強く思える作品でした。とにかく、世界観がすごいんですよね。広大な平原、不思議な森、エルフの住む谷、などなど、ありえるはずのない世界がもの凄くリアルに再現されています。また、「そこ誰も観ないでしょ〜」という部分の登場人物の動きがちゃんとしているんです。隅の方でちゃんと動いている。あそこまでの壮大な作品なので、どっぶり映画の世界に入り込めることができます。三部と話は続きますが、この一部でも続きをあまり気にすることなく(でも、続きは観たくなる)楽しめる作品です。



続きましては本の紹介です。よく著書を読ませてもらっている内田樹先生(神戸女学院大学名誉教授)の『ひとりでは生きられないのも芸のうち/内田樹』という一冊です。

CanCamの目的である「めちゃモテ」が現代の若者の生存戦略であるという話から話が始まっていきます。特に僕は終盤の内容が印象に残りました。共同体の中での自分の役割とはどうあるべきなのかという話なのですが、自己実現ばかりに集中して、「他人の力なんて借りない、自分は自分一人の力で生きて行くことができるんだ」とか、「社会は自分のスキルアップの場所、自分の利益になること意外はしないんだ」という僕を含めた今の若い人達の考え方に、『得意なことは人の分までやってあげて、代わりに不得意なことはそれが得意な人にやってもらおうという「共同体とは相互扶助」によってなりたつもの』なんだという話や『私たちは自分が欲するものを他人にまず、贈ることによってしか手に入れることができない』、『若い人は一人で生きるノウハウを知るより先に、まず他者と共生することのたいせつさとそのためのノウハウを学ぶべきだ』という話をされています。ここで深くは紹介できませんが、社会や他者との関わり方についていろいろなヒントや導きを与えてもらった一冊でした。



長くなってしまいましたが、簡単に紹介してみました。今年も「いい」物にたくさん巡り会えるといいなと思っています。

では、今年もよろしくお願いします。





2012年12月29日土曜日

なんでもないことです、なんでも

しばらく体調を崩していました。だいたい冬になると体調を崩してしまうんです。冬には生命の危機すら感じています。だから、たぶん、あまり冬が好きになれないんじゃないかと思います。だって、生命の危機を感じるんですから。


体調を崩している期間、本当に辛く、退屈な日々でした。もう一生、健康になれないんじゃないのだろうか.....なんて思えるほど。で、やっぱりそんな状態の時に思う事って、「あ〜健康って素晴らしいな〜」ってことだったんですよね(あ、「もう、このままずっと健康になんてなれないんじゃないか」ってことも思っちゃいました)。


「健康って素晴らしい」、「なんでもない日常よアゲイン!!」ってことを激しい頭痛や高熱の苦しみの中で叫んでいました。
こういう時に、より強く日々のありがたさみたいなものを実感するんですかね。


そして、なんとか回復いたしまして、徐々に日常の時間を取り戻しております。毎年、この時期には体調を崩しがちということは先に言いましたが、今回はいつもより強く、健康に動いている日々に感謝をしながら床に伏せておりました。

ここ最近、自分の中から野心や卑しい心が出てくると「いやいや、なんでもない日常、ありふれた日常こそが幸せなんだ自分!!もっと謙虚になりやがれ!!」と言い聞かせていたからでしょうか......言い聞かせていたというより、そんなことを自然と思うようになっているからなのでしょうか.......まあ、どっちでもいいです!

ですので、回復した今、「健康って素晴らしい!」、「なんでもない日ありがとう!(ちなみにこれは糸井重里さんが言われている言葉です)」と強く思っているのです。そんな年の瀬なのです。


みなさんは、健康ですか?健康って思ってるより、何倍も幸せなことで、素敵なことなんですよね。





2012年12月23日日曜日

思い出を思いだしました

小学校での日々って、僕の中では、かなりいい思い出として残っています。

小学生の頃って徐々に「女子」を意識し始めますよね?よね?え?ですよね?
僕もそれは、それは意識していました笑。 
つまり、アピールですね。それって簡単に言っちゃうと「どうやったらかっこよく見えるか(女子に)」ってことだったんだと思います。
きっと、小学生も高学年になろう子どもたちなら多少なりとも「これ」を意識し始めるはずです。きっと!僕はそうだった笑!


で、僕はというとその「どうやったらかっこよく見えるか」ってことを考えた時に「おもしろくなることだ!」ということになったんです。おもしろい=目立つ=かっこいいんだ!という結構、強引な考え方を「ん〜それだ!!」と採用してしまったのです。なんだったら、もう保育園とか小学校の低学年の頃から「目立つ」存在ではあったと思うんですが、中学年から高学年にかけて、その考え方を固めてしまいました。


そんな考え方を採用してしまった僕はどうなったかと言いますと.....それは、もう、本当に、ふざけていました。ただ、僕としては闇雲に、妨害的に、有害的にふざけていたつもりではありません!!先生が話す内容に少しでも「構いたくなる」部分が登場すると「うおりゃ〜」と攻撃を仕掛けていっていました(あれ、妨害的?いやいや違います!)ですから、先生としてはちょっと面倒な子どもでもあったんだろうと思います。でも、「妨害」までのことはやっていなかったはずです!いや、本当に!
あくまでも、クラスのみんなが笑ってくれることを望んでいたので.....


「学習発表会」なんかではセリフの変更は当たり前で、練習の度に笑いをとろうとしていたので、毎回セリフを変えていました。当然、当日も今までに言ったことのないセリフを言ったり......

そんなことを思い出して、思ったんですよ!!僕は、なんて迷惑な奴だったんだと!!
ただ、このどうしようもない僕を僕が過ごした小学校の先生方はどちらかといえば好意的(好意的かは分かりませんが...僕はそうだっただろうと思っています。勝手に笑)に受けとめてくれたんです(調子に乗って、怒られたことはよくありましたが...)。
それがなんだか嬉しかったんです。過ごしやすかったんです。だから、僕の小学校の頃の思い出はわりとキラキラしているんです。



なんてことを思い出したんです。
冬に思い出す、思い出はなんだか暖かさがあって、いいもんですね〜。